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Posted by - 2024.05.18,Sat
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Posted by よあ - 2011.02.06,Sun
! 本作品は女性向けです

 女性向けWebアンソロジーに寄稿させて頂いたもので、企画サイトが消滅していたためこちらに格納することにしました。

 CPは赤目ケミ×ショタパラです。無印とIIで一番好きなグラフィック同士を掛け合わせたらこうなった。でも主人公はペット(狼)というよく分かんない作品です。




 吾輩は犬である。名はボロファグスという。
 ボサボサと剛毛の連なる毛並みは野犬のような出で立ちであるが、歴とした飼い犬である。ただし、生まれは世界樹という樹海の中であった。
 吾輩の主人は吾輩をボロと呼ぶ。自分で名付けたのであるからきちんと呼べば良いと思うのだが、何故かそうはしない。はてな吾輩の名は襤褸であったかと、自身も疑いたくなることがしばしばである。
 主人は日々、吾輩の故郷である世界樹の迷宮に挑んでいる。名をアセストといい、職業は錬金術師だそうだ。無精で伸ばした黒髪は長身の背中まで届き、目は生まれつきの緋色である。彼が冒険から戻っても、仲間と酒を酌み交わすことは少ない。始終難しい顔をして考え事をしている様子で、仲間達も滅多なことでは声を掛けぬ。吾輩も彼の邪魔はせぬよう努めている。出会ってより今日に至るまで、ただ決まった時間に共に起き、食事を取り、迷宮に挑み、食事を取り、眠る。吾輩が留守番を任される日もあるが、それだけである。
 ある日の朝、吾輩は平生の通り主人の足元にて与えられた牛肉を食っていた。主人の率いるギルドはラガードのそれのうちでも裕福な部類に入るので、吾輩もこうして良い肉が食えるのである。
 するとイサラという斧使いの女が、このようなことを言い出した。
「ねぇねぇ、最近起こってるっていう事件なんだけどさ、アンタら聞いてる?」
 そう言いつつ焼いた卵を大ぶりに切り分ける。当然ながら、吾輩がその赤毛が揺れるのを見ているのはテーブルの下からである。
「知ってるさ。公宮からも触れが出てるぞ」
 応えたのはイサラの対面に座る青色の髪の男、クラムライムという名の鞭使いであった。クラムライムは平時の通り、どこか斜に構えた口調でこう述べた。
「世界樹帰りの冒険者が、次々襲われてるって話だろ?」
「特に解散直後の後衛や、女性が狙われてるとか。僕達も気をつけないと危ないですね」
 クラムライムの隣でクロワッサンを千切り、そう言ったのはエイティである。この男、職業名こそ聖騎士と大仰なものであるが、実際には何のことはない、盾を以って魔物の攻撃を堰き止めるのが主な役割である。吾輩のように爪や牙がないので、一応剣を帯びてはいるが、それを振るうことも少ない。大きい瞳にサラサラとした金色の髪を有しており、その姿は一見して頼りなく思われるほどである。背丈だけは主人と同じ程度にあるのがせめてもの救いであろうか。尤も吾輩とて、彼の盾に護られつつ獲物に噛り付いているので、大きいことは言うまい。
「特にリリーさん、気をつけて下さいよ」
「ほえ?」
「ほえ?じゃなくてですね、条件に両方とも当てはまってるじゃないですか。女性でメディックだ」
「そうですねぇ。でも、私にはクラムさんが居ますから」
「オレが留守番の日だってあるだろ。付っきりってワケにも行かねぇ」
「そうそう、それにパーティが揃ってても襲われたギルドもあるみたいだし。アタシと違って腕っ節が立つワケじゃないんだからさ、リリー、ホントに気をつけなよ」
「はぁい、分かりました~」
 リリーヴィルは間の抜けた声で応じる。その口調も、髪がウネウネと波打っているのも、起き抜けだからではなく、この女はいつもこの調子なのである。隣に座っているイサラは、呆れたような不安なような表情をした。
「犯人は相当デキる奴だな」
 主人がコーヒーを啜るのをやめて言った。エイティが頷く。
「確かに、死人は出さず、かといって顔も見せない──見方によっては凄いですよね」
「それに一般人を襲っていない、だから大公宮も警告を出すに留まってる。標的が疲れきっているかどうか、金を持っているかを見極める慧眼の持ち主だ。おまけにアイテムを強奪して、換金する独自のルートまで持っているらしい」
「……よく喋るな」クラムライムが不気味がった。「リーダーの口数が多い日は、大抵ロクなことがない」
「その通りだ」
 主人はあっさりと言う。コーヒーカップを置いて、そしてテーブルの上に肘を着いた。
「そいつを捕縛したい。そんな奴が街をウロチョロしているようじゃ、俺達も迷宮で全力を尽くせない」
「ホバクって、簡単に言うな。まさかアタシらに囮になれとか言う気?」
「幸い俺達は、五人と一匹だ」
 食事を中断して顔を上げると、五対の人間の目が、テーブル越しに吾輩を見下ろしているところだった。
 一同はしばらく沈黙する。
 口を開いたのはイサラだった。
「どうすればいい? 六人で掛かるにしても、元気なのが一人じゃタカが知れてる」
「その一人にありったけの回復剤を持たせて、迷宮出口で待機させる。合流するまで犯人側に見つからなければ、それで良し。襲撃されなければ尚のこと良しだ」
「襲撃されたとして、アイテムを使う余裕は? それに、気力体力が全快してても勝てるかどうか……」
「そんなことを言っていたら迷宮に入れなくなるぞ」
 主人は言いたいことを言い終えた様子で、再びコーヒーカップを手に取った。
「そうだな。どのみち、襲われる危険性は付きまとうんだもんな……」
 独り言のようなクラムライムの言葉を最後にして、仲間達は口を閉ざした。
 彼らは朝食を摂りながら、各々考え込んでいる風であった。デザート代わりの甘く大きいトマトを食べ終えた時、テーブルをコツンと叩いたのはイサラだった。
「じゃ、留守番は誰? それ以外のメンツは徹底的に迷宮探検するんでしょ」
「場合によっちゃ、留守番の方が辛いし危険かもな」
「すみません、私が抜けると探索が立ち行かないと思いますので~……」
「リリーさんとリーダーは問題外です。オレが行きます」
 エイティがきっぱりと言う。
「お前こそ問題外だ」主人は冷たく言い放った。「護身に長けているのは認めるが、目立ち過ぎる。合流までに襲撃者に見つかるようでは話にならん。──それでウチのギルドのメンバーが守れるのなら、悪くない案だがな」
 主人の手が不意に吾輩の頭へと伸びてきて、吾輩の硬い毛をフサフサとやった。
「ボロ、頼めるか?」
「頼む以前にソイツ、話分かってんのか?」
 クラムライムが失敬千万なことを言った。吾輩は少なくとも、彼らと同等に戦うことが出来るし、人間の会話の流れを汲み取るくらいのことは容易なのである。
 わん、と一声吠えると、主人は鋭い眦を落とした。こういう時に主人の見せる穏和な表情が、吾輩は大好きである。

       ■

 そういう理由で吾輩は、腹にアイテム袋を括り付けられ、一日昼寝をして過ごした。人間と一緒にされては困るので断っておくと、犬は寝ながらにして周囲に気を配ることが出来るのである。
 一日目、主人達は何事もなく宿屋まで帰り着いた。イサラなどは、「アリアドネの糸が宿まで運んでくれればいいのに」と不平不満をこぼしていた。
 二日目も同じようだった。吾輩は主人達が無事であることが嬉しく、一日目よりも軽い足取りで宿へ入った。
 余剰の人員を護衛として使うギルドがちらほらと現れ始めたが、通り魔を捕まえようなどという酔狂は、吾輩の主人達だけのようであった。

       ■

 五日目、六日目も過ぎ、吾輩が特別な任務を与って一週間目の夕暮れである。
 吾輩は命じられた通り、主人達の後をこっそりと歩きながら、六つ目の人間の気配を感じ取っていた。いや六つではない、数えてみると七つ、八つ……併せて五つの気配が、主人達のそれの他に不穏に感ぜられる。
 それが他所のパーティだとか公国の衛士などではないことには、主人達も気が付いているようである。迷宮の中で疲れきり、弱り果てているところを、さり気なく構え易い位置に得物を持ち直したりして居る。それでも今襲われれば、ろくな抵抗も出来ず打ち倒されるのは明白であった。
 吾輩はこそりこそりと歩きながら、しかし焦れて飛び出したりはせず、慎重に物陰を縫って歩いていった。
 襲撃は突然であった。それは言わば当然のことであったので、吾輩は出来得る限りの速度で飛び出し、振り下ろされたる凶器より主人の身を護った。その際ギャンと情けない声を漏らしてしまったことが、主人達の哀れみを誘ったようである。
「ボロさん!」
「ボロっ!」
 心配そうな主人達の声を聞けば、毛皮の上より打たれし鈍痛などどうということもない。今はそれよりも賊の方が問題であった。続いて振り下ろされた白刃は確かに主人を狙っていた。鋼同士のぶつかり合う音が響く。エイティの手甲に包まれた腕が刃を防いだのである。
 吾輩は、主人に駆け寄りアイテム袋を差し出した。主人がリリーヴィルにアムリタをまず手渡す。続いてメディカを取り出し、エイティとクラムライムに向かって放り投げた。エイティはそれを受け取りはしたが使うことはせず、立て続けに繰り出される賊の攻撃を曲芸の如く防ぐことに徹している。防ぎ切れぬ刃を、メディカを呷ったクラムライムが鞭で捌き、相手の得物を絡め取らんとする。
 思わぬ援軍と抵抗、リリーヴィルがアムリタを口にしたのを見て、覆面の賊の頭領と思しき男が撤退の指示を下した。しかしその判断は遅過ぎたと言えよう。
「食らえッ!」
 パワーゲイン、速度を捨てて繰り出されたイサラの斧が、襲撃者の一人の腹を捉える。真二つに折れた賊の体躯の倒れ切らぬ内に、吾輩の背を主人が叩いた。それとアイテム袋が軽くなったのとで、吾輩は任務が達成されたことを知り、賊の一人に向かって猛進した。
 あれほど心配されたにも関わらず、戦局は主人達に有利に進んだ。相手も手慣れとはいえ、樹海の中で未知の魔物と渡り合うことを思えば、何ということはない。牙を食い込ませ爪で引掻き足で蹴り飛ばす。仲間達も迷宮内と同じように、各自が務めを果たしている。
 賊の一人が、体力も残り僅かな主人に目をつけた。突破口を開くには最善と判断したのであろう、エイティの盾も吾輩の身も今は主人から離れてしまっている。腰溜めに突き出される短剣に対して、主人の身を護るものといえば両手両足を覆う鋼の甲程度だ。
「ぐぁあっ!」
 しかし悲鳴を上げたのは、突きを繰り出したる賊の方であった。雷を帯びた主人の篭手が、短剣の切っ先を恐れ気もなく掴んだからである。呆気に取られる吾輩共の前で、賊の一人は痙攣を起こし倒れ伏した。黒焦げにならなかったところを見るに、主人も術式の威力は抑制しているらしい。
 逆上したもう一人の白刃を、主人は避け切れなかったが、その頃にはエイティが駆け寄ってきていて鋼の打ち合う音を鳴り響かせた。弾かれた切っ先をクラムライムの鞭が絡め取り、丸腰になったところでリリーヴィルが抜け目なくロープを掛ける。逃げ出そうとする残党の前には吾輩とイサラとが仁王立ちに立ち塞がった。
 首筋の毛を逆立てる吾輩に、正確にはその手前に居る賊共に向かって、クラムライムが言い放った。
「勝負あり、だな?」
 五人居た賊のうち、二人は倒れ、三人は傷つき血を流し、惨然たる有様である。対する主人達はといえば、その気になれば迷宮に小一時間は潜れそうな様子だ。
「どうする? まだやる?」
 イサラは吾輩そっくりに、首の後ろで赤い髪を逆立てている。賊共はそれでも構えを解かぬままであったが、途端に主人の篭手がバチリと紫電を放って、彼らの最後の抵抗の意思を殺いだようであった。無駄な怪我は負いたくないとばかり、得物を放り投げて投降の意を示す。
「無抵抗の相手を縛ってもなァ」
 もう少し頑張れよお前ら、などと無茶なことを言いながらクラムライムが賊共の手足を戒めてゆく。後ろにリリーヴィルが続き、御丁寧にも吾輩共の付けた傷に手当てを施していった。
 無論その間も、主人の瞳は冷たく捕縛の光景を見下ろしていた。腕を覆う篭手はパリパリと雷を放ち、両脇を吾輩とエイティとが固める。
 斧を杖に退屈そうな様子を見せていたイサラに向かって、主人が言った。
「後は頼めるか?」
「だいじょぶだと思うけど。なんで?」
「エイティに話がある。──ちょっと来い」
 主人は短く語尾を切って歩き出した。特に指示を下されなかった吾輩は、当然の如く主人の後に付き従う。待ての指示がない限り、主人の後に付き、主人を守護するのが吾輩の役目の一つだからである。エイティは腑に落ちぬ様子ながらもギルドのリーダーの命令には逆らえず、やがて吾輩と並んで歩き出した。
 場には三人の仲間と五人の賊が残されたが、あとは賊を衛士隊に引き渡すのみである。仲間達に危険はなかろう。

       ■

 甲冑や篭手が鳴る。吾輩の爪が石畳を引っ掻く音がする。その他は全くの静寂である。
吾輩が歩を速めて主人の横顔をそっと見上げると、その表情はいつにも増して硬く冷たいものであった。そうした気配は主人の背中からも察せられたのであろう、エイティが不安げに吾輩を見下ろす。
 人気のない通りを抜け、幾つかの角を曲がり、傾いた日差しも立ち入らぬような路地裏に入ったところで、主人はようやく足を止めた。薄暗い中で緋色の瞳が光る。
「呼ばれた理由が分かるか」
「いいえ」
「だろうな。──お前には前から言わせてもらおうと思っていた。先の戦闘時、どうしてメディカを使わなかった?」
「それは、リーダーが最初に狙われると──」
「攻撃を受ければ危険だったのは、俺もお前も同じだ。つまり真っ先にやるべきことは二人とも同じで……だがお前はそうしなかった。どうしてそう、危ない橋を渡るんだ」
「…………」
 エイティの唇が開いて、閉じた。次にその唇が開かれた時、出てきたものは純粋な答えではなかった。
「リーダーこそ、どうしてわざわざ相手を引き付けてから術式を撃つんですか。今日みたいな場面を、オレは何度も見ました。その度に冷や冷やさせられる── だから思わず庇いに行くんです、それの何処がいけないんですか? オレはイサラさんやリリーさんやクラムやリーダーや、ボロがフォローしてくれると信じています。だから無茶もできる、リーダーもそうじゃないんですか?」
 吾輩の名が何故最後なのか、その点については不問に付す。人間達はどうにも、己ら以外の生物が下等であると考えている節が──いや、今はそんなことはどうでも良い。聞き返された主人は、適切な反論を思い付けぬ様子で、僅かばかり肩を落とした。
 建物の上を、太陽は一層傾いだようであった。路地の所々には闇が降り、そこから夜の気配が這い出そうとしている。吾輩や主人達の姿も、徐々と黒い影になって周囲に溶けてゆく。空間は沈黙を守っている。
 その沈黙を破ったのは、不安を押し殺そうとして失敗した声だった。
「お前は俺が嫌いか?」
 声の主は主人であった。どこぞの猫と違って読心術など心得ていない吾輩は、主人の意図が分からず耳を立てた。問いを理解しかねたのはエイティも同じらしく、間の抜けた声を「は?」と一声返すのが精一杯だったようである。
 言葉足らずとは主人も自覚したのか、しばしの後に一歩、エイティに歩み寄った。
「その」
「はい?」
 主人の篭手が甲冑の肩を掴む。かしゃりと軽い金属音が鳴った。主人の舌が薄い唇を湿し、同時に紅い瞳に強い光が宿るのを、吾輩は薄闇の中で確かに見た。
「俺はお前のことが好きなんだ」
 主人はひたとエイティの目を見据え、勢を欠く震え声で続ける。
「危険な目には遭って欲しくないし、遭わせたくもない。俺をフォローするために無茶をするのもやめて欲しい。クラムライムやイサラが手助けするにしろ、リリーヴィルが手当てしてくれるにしろ──勿論、ボロもだ」
「だからそれは、オレも同じですよ。リーダーのことが好きで、皆のことも大事で、だからパーティが成り立つんじゃないですか」
 そんなエイティの返答は、主人の心の勢をいたく殺いだらしい。傷だらけの甲冑の上に主人の鼻が乗る。
「……俺とは違う」
「え?」
「俺のは違うんだよ、お前の『好き』とも『大事』とも……ッ!」
 主人は苛立ちもあらわに顔を上げると、驚くべき行動に出た。傍らにあったエイティの唇に、唐突に己のそれを重ねたのである。
 驚きのあまりエイティは固まり、吾輩も思わず腰を上げた。主人はといえば一旦ふわりと重ねた唇を、抵抗がないと知ると一層深く貪り始める。渇いた者が水を求めるがごとく、顔を傾け舌を差し伸ばして、瞳は切なそうに細められている。
 そんな主人を前に、エイティは己がどうするべきか、ほとほと困り果てているようであった。両手は空いている上、腕力など比べるまでもなくエイティの方が勝っている。それでもエイティは首筋に廻される腕を振り解こうともせず、ただ瞳を見開いて主人を見つめ返していた。
 闇はいよいよ色を濃くしている。金属の触れ合う微弱な音が響いている。その音を以って吾輩は、主人の篭手が──甲冑に縋る長い指の先が震えていることを知った。エイティもそのことに気付いたのであろう、掌を重ねようとそっと腕を伸ばして、しかし、その手が主人の篭手を捉える前に主人が動いた。唇が、ちゅ、と密やかな音を立てて離れる。
 全てはごく短い間、ほんのひと時の出来事であった。
「だから」
 主人の唇より紡がれる声は、震えと共に自嘲の気配を孕んでいた。
「だから……無茶だよな、言わずに分かれだなんて。──でも、分からないんだ、どう言えばいいのか、好きだなんて言って気持ち悪がられないか、とか……ギルドのリーダーとして、お前をどう扱えばいいのか」
 主人が悩み抜いたこと、それは紛れもない事実であろう。吾輩をベッドの足元に置き、月を眼に映しては寝返りを打って、夜毎自らに問い続けたのであろう。
 しかし先の言葉と行いで、主人の気持ちはエイティに伝わったはずである。事実かの騎士は、主人の離れし後も厳粛たる面持ちで主人を見つめている。そこに嫌悪の存在しないことが、主人の心持をいかほどに軽くしたのかは分からない。
 ただエイティの、次の一手が事態の明暗を分かつ事は確かである。吾輩はピンと耳を立て、主人はそれ以上に神経を尖らせ泣き出しそうに顔を歪めて、彼が動くのを待った。
 主人がいたたまれなくなって瞳を伏せるのと、白銀の甲冑が音を立てたのとは同時であった。
 エイティの答は、至極静やかに示された。冷たい金属の指が触れ合い、エイティの指先が主人のそれを包み込む。
 その時の主人の表情を、吾輩は命の終わりまで忘るることはないであろう。朝の焼ける天の色に輝く瞳と、しかし何か恐ろしいものを見るように持ち上げられたかんばせ。エイティの手が、哀れみや慰めの心から差し伸べられたものではないと知った時の、夜明けのように歓喜に染まってゆく主人の表情を。
「ただ、分からないのはオレも同じです」
 エイティは穏やかに言った。
「今日みたいな時にどう動けばいいのかも、今日からリーダーとどう接して行けばいいのかも。リーダーの『好き』と、オレの『好き』を、近付けて行けるのかどうかも」
 主人の親指が不安げに、エイティの手甲の表面を撫でた。すると、銀色の指は宥めるように、赤銅色の指を握った。二枚の薄い金属越しに、二人は気持ちを通じ合わせられるようであった。
「それでも……嫌だとか、気持ち悪いなんて、オレは思いませんでしたから。何が大丈夫なのか、一つずつ確かめて行きましょう?」
 エイティが目を閉じ、主人の手をそっと引いた。主人は驚いた様子でその手を見下ろす。
 そして意を決した様子で両目を閉じると、今度こそ長いながい口付けをした。

       ■

 その日の晩、普段より遅い夕食の席でのことである。賊に勝利を収めたささやかな祝杯として、主人達は普段よりも僅かに高価な食事を注文していた。吾輩の肉も生肉ではなく、火を通したレア・ステーキである。
「絶対ボロって予知能力あるよね」
 突拍子もないことを言い出したのは、例によってイサラだ。断っておくが、吾輩にそのような能力はない。クラムライムがチキンの片脚を切り分けながら、呆れた様子で言った。
「なワケ、ねぇだろ」
「けどさ、今日の戦闘でもばっちりリーダーのこと守ってたし、その後のゴタゴタの時はちゃっかり居なくなってるし」
「コイツは単に、ご主人様の後を付いて回ってるだけだ」
 全くその通りなのだが、他人に言われると無性に腹立たしいのは何故であろう。
 度の弱い果実酒片手に、リリーヴィルが微苦笑する。
「面倒でしたものねぇ、事情の説明や引き渡しの手続き。エイティさんやボロさんは、居なくてラッキーでしたね」
「そうそう、衛士もネチネチと『で、ギルドの責任者は?』とかってさぁ。なのに、ややこしくなった原因は何だか幸せそーだし」
 イサラはフォークをくわえたまま、器用に喋った。不平を漏らしてはいるが、主人に別行動を許したのは他でもない、イサラその人である。
 銀色の柄の先には主人とエイティとが座り、えも言われぬ複雑な雰囲気を醸していた。どこかぎこちない、しかし幸福そうな、薔薇色には今一歩足らない不思議な雰囲気である。よくよく見ればエイティの表情は平時よりもやや緊張気味であり、主人のそれは若干柔らかい。そして珍しいことに、ぽつりぽつりと話をしながら葡萄酒を飲むので、見る者が見れば主人が上機嫌なのは明らかなのであった。
「エイティにちょっと話がある、って出て行ったんだよねー」
「一体どんな話をしたんだか……」
 クラムライムが肩を竦めるのも、無理からぬことであると言えよう。
「ボロさんなら知っているんじゃありませんか?  ──ねぇ?」
 唐突に話を振られたが、吾輩は犬である。ことの成り行きを彼らに伝える術はない。
ゆえに吾輩は、くぅんと鼻を鳴らすに留め、主人の足元での食事を再開した。
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