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目的に応じて適当に
Posted by - 2024.05.05,Sun
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Posted by よあ - 2011.02.01,Tue
誰より強く、誰より気高く。
 そのつもりだった。
 公宮の高札を見上げる、その瞬間までは──



 衛士は俺達の地図を見ると、兜の奥から明るい声を出す。
「迷宮の1階の地図を作る任務。無事に達成したようだな」
「当然よ。ありがとう」
 錬金術師のアルフはそう言って慇懃に頭を下げ、そしてくるりと衛士に背を向けて歩き出した。ここにもう用はない、そう言わんばかりの態度は冷淡と言って良いくらいだが、この眼鏡女が疲れ果てたパーティメンバーを気遣っていることは何となく分かる。
「あ、ありがとうございましたっ」
 人参色の髪の少女がバネ人形のように頭を下げ、アルフの後を追った。ユリスという名のこの医術師は始終おろおろしていて、命を預けるには心許ない。極力世話にならずに済ませようと、俺は思った。
「お疲れ様」
 ユリスの保護者のように、レンジャーのコラーダが長い金髪を翻して歩き出す。この男は口数が少なくて面倒がなさそうだが、意思の疎通も難しそうだ。先が思いやられる。
「ありがと、お疲れ様!」
 ギルドマスターでもあるソードマンのリコが、屈託ない笑顔を俺に向けた。そして彼女は、赤毛の頭を傾け怪訝そうに俺を見た。
「どしたの、ディー。早く街に戻ろうよ」
「あぁ……、」
 俺は煮え切らない返事をして街への階段を見上げる。ミッション『ハイ・ラガード入国試験』は無事に達成された。
 迷宮の一階の地図を書く、それがこの国で冒険者となる者が最初に課せられる試練だ。
 迷宮。冒険者。ギルドマスター。そして衛士。
 ほんの少し以前まで、俺にとっては全く別の意味を持っていた言葉達。
 俺は唇を噛んで、衛士を振り返った。



「ない……ない」
「本当か? よく探したのかよ、ディー」
「当たり前だ!」
 隣に立つハルキに向けて怒鳴り散らしながらも、俺の目は忙しなく高札の文字を追っていた。
 掲げられているのは、公宮衛士の最終試験の結果だ。約三ヵ月間、俺達は実戦と試験とを兼ねた訓練に参加していた。
 だが──ない。どこにもない。受験番号〇〇六番、「カナデンシス」の名前。俺の名前。
 ハルキは疑り半分といった様子で俺に倣い、そして「うわ本当だ」と口元を覆った。
「お前が落ちたのかよ。剣の腕は一番だったお前が」
「で、どうしてお前は受かってるんだ?」
「知るか。お前みたいな無愛想の骨頂とも付き合える、人当たりの良さだろ?」
「言ってろ」
 俺はハルキの胸を強く押して、未だ人だかりとなっているその場から離れた。
「あっ、おい何処行くんだよ」
「酒場。……衛士になれないんなら、飲んでも問題はないだろ」
「お前なぁ……」
 呆れたような声が後ろから掛かったが、ハルキ自身が追いかけて来るようなことはなかった。



 目の前に立つフルフェイスヘルムの奥は、おそらく見慣れた顔だ。
「どうだ。公宮仕えってのは」
 俺はハルキに向かって尋ねた。ハルキは一旦自分のヘルムに手を掛けて、すぐにそれを離した。
「堅苦しいところだよ。旧友と会ったところで、顔も見せらんねぇ」
「旧友ってほどの付き合いねぇだろ」
「ははっ、それもそうだ」
 ハルキとは、公宮衛士の試験の時に知り合った。友人と呼べるほどの付き合いはない。ハルキは誰とでもそれなりに仲良くじゃれていたから、同期の全員が友達だ!くらいのことは思っているのかも知れない。
「ディー、お前は冒険者か。また険しい道だな」
「生憎、この街と剣の他に生き方を知らない」
 これは本当の事だ。
 小さな頃から、誰より剣の腕が立った。自然と俺は公宮衛士を目指すようになり、そう思えば一層修練に身が入った。
 そのなれの果てが、今の俺だ。衛士崩れの冒険者。そこいらの剣士では身に付けて動くこともままならない甲冑を纏い、重厚な盾を手に、その重装備でパーティを護る『パラディン』。
 俺とハルキとを隔てたのは、一体何だったのだろう。
 コイツにあって、俺にないもの。人当たりの良さ? まさか。その逆に、俺にあってコイツにないものなら山ほど思い当たる。剣の実力、思慮、損得や優先順位といった概念。
「──まぁ、そういうことだから。今後も顔は合わすかも知んねぇ」
 俺が告げると、ハルキはヘルムの中で反響するほどの声をあげた。
「そうか、これからも会えんのか! 良かったー、あれが今生の別れになるのかと思ってたからな」
 ばんばんと背中を叩かれ、俺は迷惑そうな顔を隠しもせずにハルキを振り払った。



 打ち上げは「鋼の棘魚亭」で行われることになった。熟練も新米も関係なく、この酒場には冒険者が集う。
 ──が、俺はその喧騒にうまく紛れることが出来ず、エール酒の入った木のジョッキを片手に店の裏手へと出た。
 耳を騒がす冒険者達の声も、このくらい遠ざかればそれなりに心地よい。無造作に積まれた樽に腰掛ける。
 ぼんやりとエールの泡が弾けるのを眺めていると、背後から声が掛かった。
「こんな場所に居たのか、カナデンシス」
 振り向くと、長い金髪を頭の後ろでひとくくりにしたコラーダが、俺と同じようにジョッキ片手に立っていた。
「何にも言わずに消えちゃうから、みんな大騒ぎしてたよ。『ディーが消えた!』って」
「消えたも何も、ここに居るだろうが」
「そうなんだけどね」
 コラーダは断りもなく俺の隣に座った。しばらくの沈黙の後、おもむろに口を開く。
「おれが君を指名した理由、分かる?」
 そういえば、冒険者ギルドの斡旋リストから俺を選んだのはコラーダだと聞いている。他にもパラディン候補者は多数居たにも関わらず、だ。
「……知らねぇ。剣の腕が立つから、か?」
「そう、おれが注目したのは君の略歴。信頼できるなと思ったんだ。衛士志望だったんだって」
「そうだ」
「でも、試験に落ちた」
「……そうだ」
 俺は苦々しく応えた。少し考えれば誰にでもバレることだが、出来ればその事実は穿り返して欲しくない。
「その理由、おれ、何となく今日のミッションで分かった。……カナデンシス、君はパラディンだ。その前は衛士を志願してた」
「だから?」
「でも、おれには君の守りたいものが分からなかった。自分の命の他に、『何かを護りたい』って気持ちがないのなら」
 コラーダは刃物を抜く滑らかさで立ち上がった。
「衛士はもちろん、冒険者としても失格だ」
 さらりとしたその一言に、俺は何も言い返すことが出来なかった。

007■「不採用の理由」コラーダとカナデンシス
Posted by よあ - 2008.04.07,Mon
 歳の離れた兄には、我が家に何が起こったのか、よく分かっていたはずだった。
『おとうさんは?』
『友達と、ちょっと出掛けるって』
『……あそびいったの? おとななのに?』
『遊びに行ったわけじゃないよ』
 兄ちゃんは、巧い嘘で誤魔化せるほど大人ではなかったし、それは今も同じだと思う。
 エトリアから届けられた手紙に、とりあえず目を通す。便箋の上には丸っこくて大きい文字が並び、差出人の日常に特に変わりのないことを伝えていた。
 天候のこと。あたしの体を心配していること。元々は兄ちゃんのギルドに所属していたアルフやユリス、コラーダにもよろしく……あぁ、一人ずつに手紙を出すほど書くことがないんだな。それから店を正式に、母さんから引き継いだこと。あたしがいなくなって、人手が足りなくなったので、店員の女の子を新しく雇ったこと。その子が結構可愛いって、知るかそんなの。あんたが冒険者として好き勝手やってた間、あたしと母さんがどれだけ苦労したと思ってんだ。
 内容の薄い手紙を、あたしは折り畳んで封筒にしまった。
宿のロビーには陽気な女将さんも同宿の冒険者もいない。開け放たれた玄関から、遠く響く夜の気配が流れ込んできているだけだ。
 ラガード公国に来てから、子供の頃の出来事を思い出すことが増えた。それはこうして、一人で過ごす時間が増えたせいなんだろうな、と思う。
 兄ちゃんのことはあまり好きじゃなかったけど、だからといって嫌いでもなかった。歳が離れて一緒に遊ぶことが少なかった分、邪険にされた思い出も少ないんだ。
 兄ちゃんが冒険者をやめて、店に引っ込んでから、母さんは随分あたしに甘くなった。
 あたしがラガードに行きたいと言い出した時も、一度は強硬に反対されたものの、結局『必ず帰ってくるのよ』の一言で送り出してくれた。それは信頼の置ける仲間──樹海探索の経験者であるアルフたちが、同行を申し出てくれたお陰もあるんだろうけど。家出同然に冒険者になった兄ちゃんが、きちんと家に帰ってきたっていうのが大きいんだと思う。
 母さんは、本当はこう言いたかったに違いないんだ。
『私を置いて、どこかへ行かないでね』
 ──父さんみたいに。
 兄ちゃんは髪も目の色も母さんに似たけど、あたしのあかがねの色の瞳は父さん譲りだ。自分の瞳の色以外のことで、父さんのことを思い出すことなんか、あたしにはない。でも、もしかしたらこの街で──もしかするかも、しれないじゃんか。
 それを人に話したことはないから、あたしは単にお転婆が嵩じて冒険者の道に入ったんだと思われてる。それでいいかな、と封筒を回しながら思う。
 本当のことを知らせたら、兄ちゃんが今すぐにでもあたしを連れ戻しに来るんじゃないか、なんて、あたしは他愛も無い想像をして笑った。

008■「手紙」 リコ
Posted by よあ - 2008.03.16,Sun
 階段を下りると、マスターは普段通り、カウンターの中でグラスを磨いていた。
 俺がねぐらとして貸してもらっている二階の部屋は、元々は酔い潰れた人間を押し込めておく部屋だったそうで、マスターいわく「ゲロくさいかも知れんが、勘弁してくれよ」。何にせよありがたいことだ。寡黙だが気の良いマスターへの、せめてもの恩返しにと、俺は雑巾を手に取った。
 途端にマスターの冷静な声が響く。
「テーブルならもう拭いた」
「えぇ?!」
 つるっと雑巾を取り落とす俺。
「じゃ、じゃあ床の掃除でも」
「済ませてある」
「……買い出し、とか」
「必要ない」
 手伝えることが一切ないってのも、それはそれで悲しいもんだ。いや、いつものことだけど……あーうん、そうだよな。早起きできない俺が悪いんだよな……
 腕まくりした腕もそのままに黄昏ていると、マスターは唐突にグラスをカウンターに置いた。
「それより聞いたぞ、エベネー。ギルドに入ったそうだな」
「え? あ、ああ、確かに入った……けど」
「大丈夫なのか、お前みたいなのが入って」
 マスターの声音は、俺の身を案じているにしては、ちょっとばかり剣呑だ。ってことは心配されてるのは俺じゃなくて、ギルドの仲間の方なんだろうな。
「大丈夫だって、探索要員として加入したわけじゃないから」
「……どういうことだ?」
 籍のない人間が生活していくのは面倒なので、冒険者ギルドの名簿に名前だけは書いておいたのだ。それだけのことで市民とほぼ同等の権利が得られるのは、公国が手ずから迷宮探索を推奨しているからに他ならない。
 俺もまさか本当に冒険者として、ギルドに加入する日が来るとは思ってなかったが……まぁ、人生そんなこともあるさ。
「万一の時に冒険者ギルドや故郷に連絡してやる人間が必要だろ? だからその連絡役に、たまたま手が開いてて、ココで生活してる俺が納まったってわけ」
 雑巾ごと右手を振りながら、俺は名前を貸すことになったギルドのメンバーについて思いを馳せた。
『もしかしたらあたし達、迷宮から戻らないかも知れないから……だから、お願いします』
 そう言って頭を下げたギルドの責任者は、幼さの抜け切らない、まだまだ少女の顔立ちをしていた。そんな子があんな科白を吐いてまで、迷宮に潜らなければならない理由は何だろう。
 彼女の仲間達にしてもそうだ。子供と大人の境界線みたいな年頃で、それがどうして、あんな危険地帯に飛び込まなきゃならないんだ。
 ──帰ってきたら聞いてみようかな。
 心情が顔に出ていたのか、マスターは初めて表情を緩めてくれた。
「お前の仕事が、万一の時にしかないわけじゃないだろう」
 たとえば今のマスターみたいな、温かい笑顔で迎えてやることとか、か。

006■「無職・居候・音楽系」 エベネー
Posted by よあ - 2008.03.16,Sun
 手を握った瞬間に分かった。コイツは木刀振り回してただけのじゃじゃ馬じゃねぇ、剣の修練をきっちりと積んだ人間だ。固くなった手のひらに、タコはあってもマメはない。無理な力を加えず、正しい型の稽古を繰り返していれば、誰でもそうなる。
 オレは当初の予定よりずっと畏まった声で、その手の主に頭を下げた。ついでを言えば、科白の内容は予定外だ。
「カナデンシスだ、世話になる」
「あたしはリコ。よろしく、カナデンシス」
「ディーでいい。長ぇし呼び辛ぇだろ」
「でも、忘れると悪いから」
 リコと名乗った赤毛の女は、外見そのままのあっぴろげな性格の持ち主らしい。何度かブツブツとオレの名を繰り返し、ようやくやめたと思ったら「よっしゃ覚えた」。……暗記してたのかよ。
 今日からオレは、コイツの率いるギルドの一員になる。推薦を受けた時も、コイツらの顔を見た時も気乗りはしなかったが、今、リコの手を握ってそれを決めた。
 しかしコイツがギルマスで大丈夫か、とか考えていると、連中の中では一番責任能力の高そうな眼鏡の女が手を差し出してきた。彼女ではなくリコがギルド責任者の座に収まっているあたり、コイツらの関係や思考回路は、まだオレには理解不能だ。
「アルフよ。多分、私が一番世話をかけると思う。打たれ弱いから」
「はぁ?」
「その分の攻撃能力は保証するわ。よろしく」
 何だかよく分からん間に、握った手は離れていってしまった。
 続いて手を差し出してきたのは、連中の中では唯一の野郎だった。さっきの眼鏡も女にしては背が高かったが、コイツは輪をかけてデカい。中の上くらいには背丈があるオレが、視線を持ち上げないと顔が見えない。
「おれはコラーダ。よろしくね、ディー」
「あ、あぁ、よろしく……」
「そうそう、あのねぇ、カナくんがいいって猛烈プッシュしたの、コルなんだよー」
 脇から甲高い声が割り込んできて、オレはぎょっと身を引いた。見れば人参みたいな色の髪の少女が、何やら得意そうな表情で仁王立ちをしている。カナくんて誰だ。
「他にもパラディンさんは結構居たのに、どーしてもカナくんがいいって」
「……ユリス。私の気のせいじゃなければ、ディー、ヒいてるわよ」
 気のせいじゃねぇよ。
「あー、うん、事実なんだけどね。どうしても君が良かったんだ」
 お前までそんなこと言い出すのかよ気色悪ィな!
 ほとんど反射で野郎の手を振り払うと、好機とばかり、黄色い声の持ち主が猿のように飛びついて来やがった。
「わたしはユリス、よろしくね、カナくん!」
「…………その呼び方はやめてくれ」
 現状では精一杯の、拒絶の言葉だった。

005■「未知との遭遇」 カナデンシス
Posted by よあ - 2008.03.16,Sun
 ラガードは面白い街だ。平坦な土地に築かれたエトリアとは違い、起伏に富んだ街並みをしている。白亜の眩い商い通りがあるかと思えば、湿った薄闇に満ちた路地裏があり、街そのものが迷宮みたいで──歩いていると、胸が躍る。
 とはいえ皆が皆、そう感じるとは限らないみたいだ。おれの隣で「はー」と溜め息をついたのは、幼馴染のユリス。
おれが冒険者になったのも、エトリアを離れてこんな街にいるのも、全ては彼女のためだって言っていい。
 どうしたのかな、と様子を窺っていると、ユリスは「はー」と溜め息を繰り返した。顔も体格も子供っぽいのに、仕草は年寄り臭さに満ちていた。
「ねぇ、コル」
「なんだいユリス」
 おれは即座に聞き返す。先に口を開くのはいつもユリスだ。そう決まっている。
「この街、薬の名前も材料も、エトリアとは違うんだ」
「そりゃあ、違うだろうね」
 あの街では樹海から得た素材を用いた、独自の医術体系が完成されていた。ラガードにも世界樹はあるが、エトリアと同じ薬剤が入手できるはずはない。
「だからね、わたし、ちゃんとみんなの治療、できるのかなぁ」
「大丈夫だよー。ユリスは実戦経験もあるし、基礎医学も修めてるじゃない」
 薬泉院から東の広場へと向かう道々、おれはユリスを元気付けようと頑張った。傍から見ればそうは見えないのは承知で、それでもかなり頑張った。
「薬の名前は違ってても、成分とか効果とかはおいおい理解すればいいよ」
「……ん、そうだね。ありがとー、コル」
 広場の傍の角まで来たところで、ユリスはやっと口元を緩めてくれた。
 本当は、駆け寄ってくるリコや軽く手を振るアルフに、暗い顔を見せたくなかっただけかも知れない。それは確かめようがないし、おれには分からない。
 三人寄れば、とはよく言ったもので、女の子三人はきゃーきゃーと再会の挨拶を交わし、雑談交じりの情報交換を始めた。ウェイト的には「雑談>>>情報交換」のような気がするが、聞き耳立ててないと「聞いてなかったの!」と叱られるので、黙って耳を傾けることにする。
 今夜の宿は、旅人向けの小さな宿屋らしい。三人部屋と、個室が一つ、朝食付き。値段がそこそこ安いのは、リコが交渉を頑張ってくれたんだろうか。
 アルフはラボが借りられないことを嘆いていた。錬金術師組合は、公国に正式に認可を受けた人間に対してしか「貸しラボ」を貸してくれない。エトリアでも同じような制度はあったから、アルフも予想してはいたらしいが、それでも不服そうだった。
「でね、素材が違うから、お薬も違うんだって。アルフも触媒が違ったりはしない?」
「素材は組合が管理してるからね。価格の地域差はあるけれど、何とかなりそうよ」
「そっか、よかった。あたしとコラーダはどうとでもなるし──あとは数が揃えば、いつでも迷宮に潜れるな」
 リコがさっくり話をまとめて、宿への道案内を始めた。
 街に入っていの一番に冒険者ギルドに向かったのは、正解だった。ギルドメンバーを募りたい旨を伝えると、フリーの状態の冒険者の中から、何人かをピックアップして連絡を取ってくれるという。早ければ、明日にでも候補の人と話ができるらしい。
 冒険者ギルドが親切なのは、公国がそれだけ世界樹の調査に力を注いでいるということだろう。どこの馬と骨と知れないおれ達でも、頭数を揃えてやれば役に立つかもしれない、と期待されている。
 とはいえおれの前を行く三人を見ていると、不安は募るばかりだった。願わくば新しい仲間が、おれの味方でありますように。もし男だとしたら、女三人という性と数の暴力に屈しない漢でありますように。そして──
「ねぇ、コル」
「なんだいユリス」
「……どうしたの? 怖い顔して」
「ううん、何でも。──新しい仲間は、いい人だといいね」
 おれの懐と、左腕、左右のブーツ。それぞれ一本ずつ、ナイフが仕込んである。
 そんなもの、人間相手に振るいたくはなかった。

004■「女が三人」 コラーダ
Posted by よあ - 2008.03.16,Sun
「エトリアのギルドでは、五人パーティが推奨されてたよね。なんで?」
 あたしは何かを知りたいとき、まずはアルフに声を掛ける。アルフなら大抵のことは答えてくれるし、答えが分からなくても、どうやって調べればいいかを教えてくれるからだ。
「あなた、それも知らないで旅に出てきたの?」
 アルフは荷物の最終点検の手を止めずに言った。言葉だけ見ると冷たい人みたいだけど、その表情に軽蔑の色はない。出来の悪い子の面倒を見るみたいな、「仕方ないなぁ」というオーラは出てるから、ちょっと悪いな、と思う。
「最大の理由はアリアドネの糸と、樹海磁軸の機能の限界。あれは人数が多過ぎると、動作が不安定になるらしいから。あとは単純に統制の取れた戦闘ができるかどうか、通路で同時に戦える人数だとか」
 そういう制限がなければ、人数が多いに越したことはないでしょうね、とアルフ。
「おそらくはハイ・ラガードで、新しい仲間を募ることになる。考えておいて」
「そりゃあ、考えてるけど。でも、四人ってこともあるかもよ」
「あのね、リコ」
 アルフは眼鏡の奥の目を吊り上げた。今度ははっきりと不機嫌だ。人差し指をあたしの胸元に突き付けて、それだけじゃなく、とん、と突いた。
「四人じゃ足りない。あなた、お兄さんのギルドを見て何も学ばなかったの」
 お兄さん。──あたしの兄ちゃんで冒険者で、エトリア屈指のギルドのマスターだった。あたしはあんまり、好きじゃなかったけど。
「だって、エトリアとこっちとじゃ違うかも……」
「私達は命を担保にして迷宮に潜るの。それは『世界樹の迷宮』に入る冒険者なら誰でも同じ。万一の時に故郷への手紙と、運が良ければ棺桶も、送る人間が必要でしょう?」
 アルフは兄ちゃんのギルドのメンバーとして活動していた時期があって、世界樹の迷宮がどんな場所なのかも知っているだけに、言葉がずしりと重かった。
棺桶。あたし達が死ぬかも知れないってこと。そして運が悪ければ、無言の帰宅さえ出来ないってこと。
「や、やめようよ。仲間は街に着いてから探せばいいじゃない、ね?」
 成り行きを見守っていたユリスが、わたわたと割って入ってきた。ユリスも、ついでにコラーダも、アルフと一緒に迷宮に潜っていたことがあるんだけど、考え方はやっぱり人それぞれみたいだ。
アルフは「そういう問題じゃない」って唇を尖らせたけど、それ以上何かを言う気もないみたいで、むっつりと押し黙った。馬車の中に気まずい沈黙が降りる。
「それで、その、新しい仲間。どんな職業の人がいいかなっ」
 強引に口を開いたのは、ユリス。声の高さが空気を全く読めていないけど、この場で発言する勇気は凄い。何だか悪い気がして、あたしも乗っかる。
「何はなくとも前衛だ、ぜんえー。あたし一人じゃちょっと怖いし」
「わたしやコルじゃ、守りが心細いもんねぇ」
「確かに。今のメンツは、全体的に打たれ弱いわ」
 建設的な内容だと踏んだのか、アルフも加わってくれた。
 あの職もこの職も、と話していくうちに、話題は職業から性格の話に移っていく。
「ともあれ戦術面において、パーティの和を乱さない人間であることは鉄則ね」
「きょーちょーせーのある人間がいいってこと? それはどこでも同じだろ」
「そうだねぇ、優しい人がいいねー」
 アルフは「何か違う」みたいな顔をしてたけど、あたしとユリスは知ったこっちゃない。「ねー」と顔を合わせる。
「あと、他に条件っていえばー」
 ごとん。重い音が響いた。あたし達が揃って音の方を振り返ると、ここ何日かすっかり寝たきり(?)になってたコラーダが、毛布の隙間から体を起こすところだった。
「…………」
 コラーダはマフラーの下で、ぼそっと口を開いた──けど、聞こえない。
「え?」
「……とこ」
「なーに? コル、聞こえないよー」
 馬車は相変わらずゴトゴト揺れ続けている。ユリスが耳に手を添えて聞き返すと、コラーダもマフラーを引き下げて、珍しくキッパリと言った。
「男がいい」
 …………。
 そこは可愛い女の子を期待するのが、普通の男の人じゃないかなぁ、と思うんだけど。
 女三人に男一人の旅は辛かったらしい。ずっと寝てたのも、実はそのせいだったりして。

003■「新しい仲間は」 リコ
Posted by よあ - 2008.03.16,Sun
 わたし達がお世話になっているのは、乗り合い馬車とかそういうのではなくって、ふつーの商店の、ふつーうの荷馬車だ。
『旅費は少しでも抑えておかないと』
 そう言ってたのは錬金術師のアルフ。わたしの知らない間に、お店の人と話をまとめてくれてた。わたしの医術師資格や、エトリアの執政院でもらった書状や、いろんなものが交渉の役に立ったらしいけど、よくは分からない。
 分かってるのは、あと半日くらいで、馬車を降りなきゃいけないってこと。
 まだ半日もあるの、ってリコは目を真ん丸にしていたけど、リコは世界樹の大きさを理解できてないんだと思う。すぐ近くにあるように見えるのは、あれがものすごく大きいからなんだ。
 わたしはエトリアの地下迷宮の広さを思い出して、ぶるっ、と身震いした。あれと同じ「迷宮」が、街の真ん中、と言うよりも真上にある……それって危なくないのかな。
「街に入ったら、まずは食事だね、食事。遅めのランチになるかなぁ」
 リコはピクニックにでも出かけるみたいな笑顔だった。ううん、ハードなピクニックみたいな生活が続いていたから、落ち着いてご飯を食べられるのが嬉しいんだ。みんなそうだと思う。
 だけどアルフは、「ふー」と溜め息をついて、眼鏡の弦を軽く弾いた。
「リコ。あなた、これから見ず知らずの街で暮らすってこと、分かってる?」
「分かってるって。言うじゃん、腹が減っては戦は……」
「戦闘だって、迷宮に入って好き勝手できるわけじゃないでしょう。私達の所持金は有限で、ハイ・ラガードにはツテもコネもない。早急に果たすべきは?」
「はたすべきは……」
 リコは口ごもった。わたしはハラハラして見守っていたけど、リコもちゃんと考えていたみたいで、もごもごはすぐに言葉になる。
「アルフが錬金術師組合に行って、ユリスが施薬院に挨拶に行って。その間に、あたしが宿の確保?」
 自信はなかったみたいで、最後の方はアルフに尋ねるみたいな声になった。
 アルフは学校の先生みたいに、落ち着き払った動作で頷いてみせる。
「食事の後にそうすれば充分。けど、私は最初に冒険者ギルドに行くべきだと思う」
「ギルドに?」
「そ。冒険者としての登録手続きに、どれだけ日数が掛かるか分からないからね。必要な書類があれば、早めにもらっておきたいし」
 そうすれば今夜の宿で熟読なり記入なり出来るでしょう、と続ける。
 ギルドを立ち上げるのには、いろいろ手続きが要るんだ。ご飯や寝るところは、お店が開いている限りいつでも大丈夫だけど。
 こういうことを考えられるあたりが、アルフは大人だなぁって思う。わたしの頭は、とっくにお昼ご飯のメニュー、それから施薬院の人たちへの挨拶の言葉で一杯になってる。
「じゃ、そうしよう。ユリスもそれでいい?」
「え」
 リコから突然話を振られて、わたしは慌てた。もちろん反対なんて、しない。
「うん。うんうん。いいよ、そうしよう」
「よし、決まり」
 街に入ってからの行動予定表が、リコとアルフの中ではキレイに固まったみたいだった。
わたしはそこに一筆も入れていない。寂しいけど、しょうがない。
 しょうがないとは思うけど、コルの意見もぜんぜん聞いてないな。コル、起きたら怒るかな。
 怒るコルっていうのが想像できなかったから、まぁいいか、と私は思った。

002■「発言権」 ユリス
Posted by よあ - 2008.02.21,Thu
「見えた!」
 リコが叫んだ。馬車の幌から思い切り良く身を乗り出し、「うわー」だの「ひゃー」だの、聞き手にとっては何の情報にもならない感嘆詞を繰り返す。
 彼女の瞳は目的地を捉えたのだ。馬車は心地よいリズムで揺れ、私達をゆったりとその地に近付けていく。
 ハイ・ラガード公国。「世界樹」を擁し、その根でもって大陸中から伝説と夢希望を吸い上げる一大都市。
「すっげ、あの建物、あれどうなってんだ……?」
 その特徴的な街並みを、私は紙上でしか見たことがないが──
「なぁ、アルフ!」
 こちらを振り向く紅鳶色の瞳、きらきらとなびく茜色、幌の外の青空。白黒の図版を思い浮かべていた私の視界に、鮮やかな原色が散らばる。
 私は眼鏡の底で目を眇めた。
「リコ、私はあなたほど目が良くない。ここからじゃまだ見えないよ」
「見てもないのに、分かんのか?」
「経験則的に」
「ふぅん……」
 景観の新鮮さを共有できない不満からか、ただでさえ丸い頬の線を膨らませるリコ。
 申し訳ないとは思うが、私が近眼なのを差し引いても、彼女は目がいいのだ。
「どれどれ、どんなの?」
 私とは反対側の端に腰掛けていたユリスが、揺れる床の上を慎重に動いた。リコの脇にちょこんと腰を下ろした姿は少女のようで、旅の仲間の最年長であるようには見えない。
 ユリスはあどけない顔を突き出してひとしきり外を眺めた後、
「……よく分かんない」
 柿色のおかっぱ頭を振り振り、私の予想通りの言葉を漏らした。
「リコ、目がいいもんね」
「ユリスでも見えない?」
「見えないよーあんな遠く。コルなら見えるかも知れないけど」
 彼女はそう言って、ちらりと私の後ろ、荷物の陰を見やった。私もリコも、揃って同じ暗がりに目をやる。
 そこにはコラーダという名の狩人が乗っているはずだったが、私達の目に映るのは暗色の布、布、毛布──ひたすらに繊維。
 中身が抜け出してても分からんだろうな、なんてことを考えながら、私は訊いた。
「で、どう? 印象は」
「どう、って、訊かれても。……大きな樹があるなぁ、くらいにしか」
 ユリスの返答に、リコがみるみるつまらなさげに表情を翳らせる。
「他にない?」
「他にねぇ……うーん」
「遠目にはただのブロッコリーでしょう?」
「ブロッコリーって、ちょっとアルフ」
 ユリスは言い繕いたいやら私に抗議したいやら、あたふたした末に適当な言葉は見つからなかったようで、口元を歪めた。
「あー、もぅ、コルー……」
 たすけてー、と声にはならなかったが、聞こえた気がした。

001■「ブロッコリー」 アルフ
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