目的に応じて適当に
Posted by よあ - 2013.02.06,Wed
迷宮内の過酷な環境は肉体と精神を疲弊させ、冒険に必要な装備品の数々を消耗させてゆく。
だからこそ冒険者達は自主的に休日を設け、体調や装備の調整を図るものだ。例外といえば余程の食い詰めか、何らかの事情で探索を焦っているパーティくらいだろう。そのどちらにも属していない彼は、今日一日の休暇をどう過ごそうかと考えながら、長鳴鶏の宿の長い階段を降りた。
アルケミストという職業柄、装備の点検は毎日欠かさず行うことにしている。術式を起動するためのアタノールに不具合があっては戦闘どころの話ではないし、薬品が漏れでもしたら大惨事だ。
日課が多い分、たまの休日であっても消耗品の補充、あとは衣服のほつれを繕うくらいで、特別にやるべきことは思い付かない。
「雨の日は休み!」と言い出したのは、ギルド創設者でありパーティリーダーでもあるソードマンの少年である。天候だけを基準にするのはおかしい、と他のメンバーに散々突っ込まれ、カレンダーの上で規則正しく休日を設けることにはしたのだが、それでも雨天休日制度は健在だった。雨の中を樹海入口まで歩いていくのは億劫なので、誰が言い出すでもなく定着してしまったのだ。
(こんな暢気なギルドが、よくもまぁ……)
踊り場の窓はすっかり曇り、外の様子が見えない。革手袋の右手でガラスを拭うと、空模様は昨晩と変わらず、霧のような小雨が降り続けていた。
外での活動に適した天候とは思えないのだが、ソードマンはとっくに宿を出て剣の稽古に励んでいる。体力バカの彼には「冒険の休日」は多々あれど、「体を休める日」など不要なのかも知れない。相部屋のはずのメディックは前夜から宿に戻った様子がなく、バードも右に同じ。朝食の席で顔を合わせたパラディンは、故郷への手紙を書くと言っていたから、部屋に篭っているのだろう。何にせよやるべきことがあるというのは羨ましいことだと、アルケミストは頬を掻いた。
執政院と師への報告の習慣も、絶えて久しい。新しい魔物やアイテムにお目にかかっていないのだから仕方がなかった。レポートではなく近況を記した手紙でも、と考えたところで、何を書けばいいのか皆目見当がつかない。
ロビーは閑散としている。習慣通り早朝に起床し、朝食を取り、二度寝の甘美な幸福を堪能した後なのだから当然だった。地上の天候など何処吹く風、多くの冒険者達は樹海へと赴いているだろうし、そうでない者も自分なりの時間の潰し方を見つけている頃だ。
写本室にでも行くか、と玄関に足を向けかけたところで、アルケミストはロビーの隅に見知った顔を見つけた。同じギルドに属するレンジャーである。
ソファに腰掛けて退屈そうに本をめくっている。豊かに波打つ金髪を高い位置でまとめているのだが、いかにも読書の邪魔になりそうな前髪は普段通りで、顔の右半分がすっかり隠れていた。
「その髪、邪魔じゃないか」
声をかけるとレンジャーはチラリと目を上げ、すぐさま本のページに落とした。
「お前こそ、手袋は要らないんじゃないか」
「無いと落ち着かないんだ」
「私も同じだ」
雨の音の合間に、パサリ、紙をめくる音が混じる。ページを覗き込んでみれば、有名なサーガの触りを記した下に、色はないが味のある挿絵が描かれていた。
その本はギルドのバードの青年の持ち物だったはずだが、と指摘すると、彼女はあっけからんと「借りた」と言った。
「無断でな」
「無断でか」
「バレなければ問題ない」
本は、特に挿絵のあるものは貴重品だ。一冊を作るのに大変な手間と時間を要する。軽々しく無断借用して良いものとは思えないのだが、
「……気になって」
弁解めいた声が漏れた。
「世界樹の迷宮と、エトリアの街の秘密が」
閉じられた本の表紙には『迷宮鳴歌集』と、元は金箔で飾られていたらしい文字が見て取れた。
レンジャーがソファを軽く叩く。アルケミストは彼女の左側に腰掛けた。戦闘中は別として、彼女は自分の死角──右側から話しかけられることを極端に嫌う。
「私達は迷宮の謎を解き明かした。あの樹海が生まれた理由も知った。──けど、納得できない」
「何が?」
「エトリアが『冒険者の街』になった理由さ」
彼女は少々乱暴に、本の表紙を指で弾いた。金色の髪が揺れる。
「長は、秘密は秘密であるべきだと言った。秘密を守るために体を張り、命を懸けて、……彼女達にも危ない橋を渡らせた」
「レンとツスクルな」
「分かってる。軽々しく呼ぶな」
アルケミストの頬に、鏃のような視線が突き刺さった。軽い冗談のつもりだったのだが、レンジャーは未だに、あの先輩冒険者達を傷つけたことを後悔しているらしい。
「随分頭の悪いやり方だと思う。頭と、効率の悪い。秘密を守るなら、もっと他にやり方はあった」
「俺たちが駆け出しのうちに、殺してしまうとか?」
「……お前は時々怖いことを言う」
「例えばの話だ。あの頃の俺たちじゃ、彼女たちには絶対に勝てなかったろ」
「確かにそうだが」
実際に対抗ギルドは幾つか潰されたようだ、とアルケミストの数倍は空恐ろしいことを言い、レンジャーは続けた。
「だけど長は、そうしなかった。それどころか大陸中に触れを出して、冒険者を集めた」
気だるそうにソファの背凭れに沈み、ついでに持っていた本を突き出してくる。
「迷宮にまつわる詩をまとめたものだそうだ。これもラーダが協力しているんだと」
「宣伝の一環ってワケか」
「もちろんそれもある。こんなものを発行したがる人間がいて、しかも売れてるんだ。喧伝の成果と考えた方がいい。それだけの数の冒険者と、人々の関心を集めた……とね」
ページをめくってみれば、奥付には確かに、「資料提供・編纂協力:エトリアラーダ執政院」と小さな文字で印刷されていた。
「冒険者たちのために、街の整備まで。凄まじい労力が必要だったろうな。人々の意識を変えて、設備を整えて、こんな宿まで作って。並の人間には無理だ。長は──ヴィズルという人は、とても有能だったんだと思う」
レンジャーの深緑色の瞳に映っているのは高い天井、細工を凝らした照明器具である。その下には見事に磨きこまれたブラックチェリーのカウンターが横たわり、カウンター奥のキーボックスの数はゆうに百を越えていた。
冒険者の暮らしは、野生動物や魔物を屠り、戦利品を糧とすることで成り立つ不安定なものだ。気性の荒い者、故郷を捨てるに足る事情を抱える者、夢物語に踊らされる馬鹿者──背景の違いはあれど、定住所を持たない彼らは往々にして胡散臭い目で見られがちである。
だがエトリアに来れば、統治機関が諸手を挙げて歓迎してくれる。冒険者のための店があり、冒険者のための宿があり、冒険者のための法と制度が確立されている。エトリアに集う彼らの目的は、必ずしも迷宮の謎ではない。
「秘密を守るのなら、まずは隠していると気付かせないこと。それが自然なのだと思わせてしまえば、誰にも追及されないんだから。
なのに長は、隠すどころか、人を集めた。そうして労力を割いて冒険者を呼び込んでおいて、殺していた。あんなに能のある人間が──私は気味悪く思うよ」
レンジャーは憂鬱そうに呟く。
「秘密なんてものは、存在しなかったんじゃないか? いや、最初はあったのかも知れない、だけど長にとってはもうどうでも良かったんじゃないか。千年越しで秘密を守るのにも飽いて、気がふれて、あの頭脳で冒険者達をおびき寄せて、あの力で叩き潰して、……遊んでたんじゃないか……」
言葉を重ねるうちに、彼女の瞼はゆるり、ゆるりと降り、やがて瞳を隠してしまった。
「考え過ぎ、だろうか」
ぽつりと漏れたその問いが、アルケミストに向けられたものかどうかは定かではない。答えを期待するような声音でもなく、もしかするとそれは、レンジャー自身に向けて発せられたものなのかも知れなかった。
それでも何かを答えようとして、アルケミストは僅かに口を開いた。
だが、適切な言葉がどうしても出てこない。声を発することもできず、彼は結局、レンジャーの手に触れた。突然の接触に驚いた様子で、レンジャーが身を浮かせる。
「何」
「いや、その」
慌てて手を離し、アルケミストは彼女の前に両手を翳して見せた。──革の手袋に包まれた両手を。
「秘密なんて、こんなものだろう?」
レンジャーは一瞬、探るような目つきでアルケミストを見たが、それだけだった。溜息を吐き、己の右頬を撫でる。
「……私は長を、偉大で特別な人間だと思いたいんだよ」
「本人は喜ばないだろうな」
「まぁ、な。狂人と呼ばれるよりは、凡人の方がずっといい」
いずれが真か知る由もなし。
レンジャーは弾みをつけて起き上がり、姿勢を正した。僅かに乱れた髪を手櫛で整える。大胆に波打つ金髪は、背や顔にも容赦なく降りかかって鬱陶しそうに見えるのだが、その髪型が彼女にとてもよく似合っているので、誰も何も言わない。
そう、案外隠しておけるものなのだ。違和感を感じる者はあっても、あえて暴きに来る者は少ない。例えば弓の弦に弾かれ、矢羽に切り裂かれて変形した頬だとか。あるいは、毒に爛れ炎に灼かれた両手だとか。
「あぁ、でも、もし長が、凡庸な心の持ち主だったとしたら」
──世界を作り変えたという木々の群れ、前時代の遺物も、隠そうと思えば隠し通せたはず。
「それはそれは……」
それが出来なかったのは、きっとひとえに、彼が人間だったからだ。醜いものを隠そうとする弱さを持ちながら、そんな弱さや醜さを誰かに許して欲しいとも願う、浅ましくも普通の人間だったからだ。
手袋の中の秘密をレンジャーに明かした日、アルケミストも金髪の中の秘密を知った。
雨音を聞きながら、互いの秘密をこっそり語れる人がいる。それだけでこんなにも違うものか、とアルケミストは納得しかけたが、まずは秘密の規模が違い過ぎた。
■世界樹計画■
だからこそ冒険者達は自主的に休日を設け、体調や装備の調整を図るものだ。例外といえば余程の食い詰めか、何らかの事情で探索を焦っているパーティくらいだろう。そのどちらにも属していない彼は、今日一日の休暇をどう過ごそうかと考えながら、長鳴鶏の宿の長い階段を降りた。
アルケミストという職業柄、装備の点検は毎日欠かさず行うことにしている。術式を起動するためのアタノールに不具合があっては戦闘どころの話ではないし、薬品が漏れでもしたら大惨事だ。
日課が多い分、たまの休日であっても消耗品の補充、あとは衣服のほつれを繕うくらいで、特別にやるべきことは思い付かない。
「雨の日は休み!」と言い出したのは、ギルド創設者でありパーティリーダーでもあるソードマンの少年である。天候だけを基準にするのはおかしい、と他のメンバーに散々突っ込まれ、カレンダーの上で規則正しく休日を設けることにはしたのだが、それでも雨天休日制度は健在だった。雨の中を樹海入口まで歩いていくのは億劫なので、誰が言い出すでもなく定着してしまったのだ。
(こんな暢気なギルドが、よくもまぁ……)
踊り場の窓はすっかり曇り、外の様子が見えない。革手袋の右手でガラスを拭うと、空模様は昨晩と変わらず、霧のような小雨が降り続けていた。
外での活動に適した天候とは思えないのだが、ソードマンはとっくに宿を出て剣の稽古に励んでいる。体力バカの彼には「冒険の休日」は多々あれど、「体を休める日」など不要なのかも知れない。相部屋のはずのメディックは前夜から宿に戻った様子がなく、バードも右に同じ。朝食の席で顔を合わせたパラディンは、故郷への手紙を書くと言っていたから、部屋に篭っているのだろう。何にせよやるべきことがあるというのは羨ましいことだと、アルケミストは頬を掻いた。
執政院と師への報告の習慣も、絶えて久しい。新しい魔物やアイテムにお目にかかっていないのだから仕方がなかった。レポートではなく近況を記した手紙でも、と考えたところで、何を書けばいいのか皆目見当がつかない。
ロビーは閑散としている。習慣通り早朝に起床し、朝食を取り、二度寝の甘美な幸福を堪能した後なのだから当然だった。地上の天候など何処吹く風、多くの冒険者達は樹海へと赴いているだろうし、そうでない者も自分なりの時間の潰し方を見つけている頃だ。
写本室にでも行くか、と玄関に足を向けかけたところで、アルケミストはロビーの隅に見知った顔を見つけた。同じギルドに属するレンジャーである。
ソファに腰掛けて退屈そうに本をめくっている。豊かに波打つ金髪を高い位置でまとめているのだが、いかにも読書の邪魔になりそうな前髪は普段通りで、顔の右半分がすっかり隠れていた。
「その髪、邪魔じゃないか」
声をかけるとレンジャーはチラリと目を上げ、すぐさま本のページに落とした。
「お前こそ、手袋は要らないんじゃないか」
「無いと落ち着かないんだ」
「私も同じだ」
雨の音の合間に、パサリ、紙をめくる音が混じる。ページを覗き込んでみれば、有名なサーガの触りを記した下に、色はないが味のある挿絵が描かれていた。
その本はギルドのバードの青年の持ち物だったはずだが、と指摘すると、彼女はあっけからんと「借りた」と言った。
「無断でな」
「無断でか」
「バレなければ問題ない」
本は、特に挿絵のあるものは貴重品だ。一冊を作るのに大変な手間と時間を要する。軽々しく無断借用して良いものとは思えないのだが、
「……気になって」
弁解めいた声が漏れた。
「世界樹の迷宮と、エトリアの街の秘密が」
閉じられた本の表紙には『迷宮鳴歌集』と、元は金箔で飾られていたらしい文字が見て取れた。
レンジャーがソファを軽く叩く。アルケミストは彼女の左側に腰掛けた。戦闘中は別として、彼女は自分の死角──右側から話しかけられることを極端に嫌う。
「私達は迷宮の謎を解き明かした。あの樹海が生まれた理由も知った。──けど、納得できない」
「何が?」
「エトリアが『冒険者の街』になった理由さ」
彼女は少々乱暴に、本の表紙を指で弾いた。金色の髪が揺れる。
「長は、秘密は秘密であるべきだと言った。秘密を守るために体を張り、命を懸けて、……彼女達にも危ない橋を渡らせた」
「レンとツスクルな」
「分かってる。軽々しく呼ぶな」
アルケミストの頬に、鏃のような視線が突き刺さった。軽い冗談のつもりだったのだが、レンジャーは未だに、あの先輩冒険者達を傷つけたことを後悔しているらしい。
「随分頭の悪いやり方だと思う。頭と、効率の悪い。秘密を守るなら、もっと他にやり方はあった」
「俺たちが駆け出しのうちに、殺してしまうとか?」
「……お前は時々怖いことを言う」
「例えばの話だ。あの頃の俺たちじゃ、彼女たちには絶対に勝てなかったろ」
「確かにそうだが」
実際に対抗ギルドは幾つか潰されたようだ、とアルケミストの数倍は空恐ろしいことを言い、レンジャーは続けた。
「だけど長は、そうしなかった。それどころか大陸中に触れを出して、冒険者を集めた」
気だるそうにソファの背凭れに沈み、ついでに持っていた本を突き出してくる。
「迷宮にまつわる詩をまとめたものだそうだ。これもラーダが協力しているんだと」
「宣伝の一環ってワケか」
「もちろんそれもある。こんなものを発行したがる人間がいて、しかも売れてるんだ。喧伝の成果と考えた方がいい。それだけの数の冒険者と、人々の関心を集めた……とね」
ページをめくってみれば、奥付には確かに、「資料提供・編纂協力:エトリアラーダ執政院」と小さな文字で印刷されていた。
「冒険者たちのために、街の整備まで。凄まじい労力が必要だったろうな。人々の意識を変えて、設備を整えて、こんな宿まで作って。並の人間には無理だ。長は──ヴィズルという人は、とても有能だったんだと思う」
レンジャーの深緑色の瞳に映っているのは高い天井、細工を凝らした照明器具である。その下には見事に磨きこまれたブラックチェリーのカウンターが横たわり、カウンター奥のキーボックスの数はゆうに百を越えていた。
冒険者の暮らしは、野生動物や魔物を屠り、戦利品を糧とすることで成り立つ不安定なものだ。気性の荒い者、故郷を捨てるに足る事情を抱える者、夢物語に踊らされる馬鹿者──背景の違いはあれど、定住所を持たない彼らは往々にして胡散臭い目で見られがちである。
だがエトリアに来れば、統治機関が諸手を挙げて歓迎してくれる。冒険者のための店があり、冒険者のための宿があり、冒険者のための法と制度が確立されている。エトリアに集う彼らの目的は、必ずしも迷宮の謎ではない。
「秘密を守るのなら、まずは隠していると気付かせないこと。それが自然なのだと思わせてしまえば、誰にも追及されないんだから。
なのに長は、隠すどころか、人を集めた。そうして労力を割いて冒険者を呼び込んでおいて、殺していた。あんなに能のある人間が──私は気味悪く思うよ」
レンジャーは憂鬱そうに呟く。
「秘密なんてものは、存在しなかったんじゃないか? いや、最初はあったのかも知れない、だけど長にとってはもうどうでも良かったんじゃないか。千年越しで秘密を守るのにも飽いて、気がふれて、あの頭脳で冒険者達をおびき寄せて、あの力で叩き潰して、……遊んでたんじゃないか……」
言葉を重ねるうちに、彼女の瞼はゆるり、ゆるりと降り、やがて瞳を隠してしまった。
「考え過ぎ、だろうか」
ぽつりと漏れたその問いが、アルケミストに向けられたものかどうかは定かではない。答えを期待するような声音でもなく、もしかするとそれは、レンジャー自身に向けて発せられたものなのかも知れなかった。
それでも何かを答えようとして、アルケミストは僅かに口を開いた。
だが、適切な言葉がどうしても出てこない。声を発することもできず、彼は結局、レンジャーの手に触れた。突然の接触に驚いた様子で、レンジャーが身を浮かせる。
「何」
「いや、その」
慌てて手を離し、アルケミストは彼女の前に両手を翳して見せた。──革の手袋に包まれた両手を。
「秘密なんて、こんなものだろう?」
レンジャーは一瞬、探るような目つきでアルケミストを見たが、それだけだった。溜息を吐き、己の右頬を撫でる。
「……私は長を、偉大で特別な人間だと思いたいんだよ」
「本人は喜ばないだろうな」
「まぁ、な。狂人と呼ばれるよりは、凡人の方がずっといい」
いずれが真か知る由もなし。
レンジャーは弾みをつけて起き上がり、姿勢を正した。僅かに乱れた髪を手櫛で整える。大胆に波打つ金髪は、背や顔にも容赦なく降りかかって鬱陶しそうに見えるのだが、その髪型が彼女にとてもよく似合っているので、誰も何も言わない。
そう、案外隠しておけるものなのだ。違和感を感じる者はあっても、あえて暴きに来る者は少ない。例えば弓の弦に弾かれ、矢羽に切り裂かれて変形した頬だとか。あるいは、毒に爛れ炎に灼かれた両手だとか。
「あぁ、でも、もし長が、凡庸な心の持ち主だったとしたら」
──世界を作り変えたという木々の群れ、前時代の遺物も、隠そうと思えば隠し通せたはず。
「それはそれは……」
それが出来なかったのは、きっとひとえに、彼が人間だったからだ。醜いものを隠そうとする弱さを持ちながら、そんな弱さや醜さを誰かに許して欲しいとも願う、浅ましくも普通の人間だったからだ。
手袋の中の秘密をレンジャーに明かした日、アルケミストも金髪の中の秘密を知った。
雨音を聞きながら、互いの秘密をこっそり語れる人がいる。それだけでこんなにも違うものか、とアルケミストは納得しかけたが、まずは秘密の規模が違い過ぎた。
■世界樹計画■
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